明治以来、日本の知識人が恥部として忌み嫌うものに
神仏混淆(しんぶつこんこう)があります。
それを端的に示しているおもしろい事例があります。
ある地方で旅館の仲居さんが地鎮祭に出席したところ、
日頃顔なじみのお坊さんが神官の格好をして出てきたので
びっくり仰天したという。
そのお坊さんに理由をただしたところ、
「昔からやってるよ、こうでもしなければ食っていけない」
と言われ驚いたそうです。
それを聞いた五木寛之さん曰く、「日本はそういう国なのです」。
要するに日本の文化や思想というものは、いい加減というのか、
柔軟性といっていいのか分かりません。
東京の浅草寺の横には浅草神社があって、天皇家は神道ですが
歴代天皇の位牌を祀る菩提寺をもっているのだそうです。
しかし、最もいい加減さと不真面目さの代表が日本の結婚式では
ないでしょうか。
あなたもご存じのように、キリスト教の信者でもないのに教会や
教会風のイエス様の前で式を挙げます。
神父が祈りをささげ、新郎が新婦に結婚指輪をはめる儀式を
厳かにとりおこないます。
それも、神父が本物であればよいが、学生アルバイトが祈りを
棒読みしているケースがあるようです。
披露宴では、白無垢に文金高島田という具合に一変します。
ひょっとしたら、神前結婚式もついでに行ったということも
あり得ますね。
一体、日本の国はいつの頃から宗教意識というものが薄らいで
いったのでしょう。
参考 中央公論2009・2